頑張らなくていい場所が、なぜ必要か


ちゃんと生活しているつもりなのに、

なぜか疲れが抜けない日が続くことがある。

仕事が嫌いなわけでもない。
投げ出したいわけでもない。
ただ、終わったあとに残る感覚が、少し重たい。

自分も、
「もう少し頑張れば何とかなる」
そう思いながら、ずっと走ってきた。

気づけば、
頑張っていない状態が分からなくなっていた。

休んでいるはずなのに、頭が切り替わらない。
家にいても、仕事のことが残っている。
それが普通になって、
疲れている自覚すら曖昧になっていた。

だからこそ、
頑張らなくていい場所が必要なんだと思う。

成果を求められない。
役割を演じなくていい。
意味のある時間を過ごさなくてもいい。

そういう空間は、
怠けるための場所ではなく、
自分を戻すための場所に近い。

正直、
自分も、うまく力を抜けているとは言えない。
休んでいるつもりでも、
どこかで“ちゃんとしよう”としてしまう。

それでも、
何もしなくていい時間を前提にしてくれる場所があると、
気持ちのほうが先に緩むことがある。

体よりも、
気持ちのほうが疲れていたんだと、
あとから気づくことも多い。

頑張らなくていい場所は、
逃げ場ではない。
また動くために、整える余白だと思っている。

今日は、全部を休まなくていい。
ほんの少し、力を抜くだけでいい。

 

月曜日は、
そういう選択肢があると知っているだけで、
少しだけ楽になる。

 

自分は今も、
その練習をしている途中だったりします。



▶︎ 静かに整えられる場所については、プロフィール欄にまとめています。